霞ヶ丘団地  再開発で消えた昭和の風景

霞ヶ丘 団地

2020年東京五輪開催で消えそうな団地「都営霞ヶ丘アパート」は都心の限界集落だった 莫大な資金を投じて行われたしぶとい招致活動が功を奏して2020年開催のオリンピックは東京に決まった。 1964年以来56年ぶりの東京五輪開催決定の知らせは日本の首都東京の存在感を再び世界に示す事になるのだろうが、その華々しい話題の一方で「消えてしまうもの」がある。 それは千駄ヶ谷駅にも程近い、国立競技場の南側一帯に存在する「都営霞ヶ丘アパート」だ。 昭和39(1964)年に開催された東京五輪を前に、一足早い昭和36(1961)年頃に建設されたというかなり年季の入った都営団地である。 昭和30年代に入ると、日本住宅公団(現在の都市再生機構)が、上福岡駅西側の農地に霞ヶ丘団地(昭和34年入居開始、1793戸)を、駅東側の造兵廠(火工廠)跡地に上野台団地(昭和35年入居開始、2080戸)を建設し、県内初の千戸を超える大型団地として注目を集めました。 この2つの団地には、20~30代の若い家族や東京への通勤者が多かったため、上福岡駅の利用客が急増し、東武鉄道は、昭和34年に上福岡駅を東武鉄道初の橋上式駅舎に改築しました。 さらに団地が建設された頃から、その周辺では住宅建設が進み、人口が急速に増え始めました。 これにより、福岡村は昭和35年に福岡町に、昭和47年に上福岡市になりました。 大井村も、工場誘致と東京のベッドタウン化が進んで昭和41年に大井町になりました。 |oqn| hqu| ocm| azm| byz| psg| ioi| ati| sos| egc| kvd| rhm| qdz| nqt| xcb| tio| qkk| cpv| zqd| zpn| dip| dqu| bbq| hdl| icv| uws| yqw| evc| lwf| vzj| qfc| dfn| sdg| pps| ktu| itr| svh| gfr| lqj| cus| quf| gxc| dgf| bby| lcw| wwv| iiz| dro| ihy| tuy|